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2006年12月11日 (月)

環境経済学

先週、おうち園に2年8ヶ月も来てくれたモト君、弟のマサ君が卒園していきました。ずいぶん、長い間 通ってくれたんですね。子供たちは、みんな少しづつ、そして突然に大きくなっていくようで、では、ここの畑やお山で過ごした年月は、一体どこへ行くんだろう? とふしぎな気がします。ハラハラしたこと、心配したこと、くすくすと笑ったこと、いろ~んな事がありましたが、みいんな おうち園の輝くような光のなかに吸収されてしまったような気がしています。

「日本という国」(理論社だったかな)を読みました。おもしろかったです。なぜ、わたしたちは学校へ行かなければならないのか? という素朴な疑問が、まだ身分制度の残っていた時代の福沢諭吉の「学問のすすめ」から、徐々に解かれていき、そして、日本という国が どんな風に戦争へ向かっていき、そして戦後どのような流れで今の姿になってきたのかが、わかりやすく大きな字で書いてありました。

によると、福沢諭吉という人の達観した世界観に驚かされます。世界がどんどん白人の人達に植民地化されていくなかで、彼は、ひとり一人が学ぶことの重要性を説きます。身分で自分の将来が全て決まっていく時代に、なんて画期的な考えなんでしょう。ところが、この学びは、日本人としての一体感を持つことで、よその国に勝つこと、負ける前に勝つこと、という結論で落ち着きます。それ以来、その延長線にあるのが、今の学校のあり様なのだそうです。私達が、学んでいるのは、世界のなかで奴隷とされず植民地化されずに生き抜くための学問・・・武力経済だったのですね。そして、本の結びは、これからの日本を きみたちなら どんな風にしていきたいかと、お兄さんが語りかけてくるように 爽やかに終わるのです。

生活クラブ生協の機関紙に、環境経済学を それこそサルにもわかるという文章で紹介連載中ですが、実におもしろいですね。行政も企業も市民も大きく批判することなく、「ゆるゆる」を合言葉に、環境を大切にした経済のあり方を ひとつひとつ身近な生活に即して提案していくのです。夏休み、甥っ子のヨウちゃんが「経済」を勉強したいと受験勉強していたので、その記事を見せたら、自分がやりたかったのは、こういうのだと、目を大きくしてくれたのが、とてもうれしかったのを思い出します。武力経済を支える国や学校や私たちの生活を 少しづつ環境経済を支えるものに、変えていけたらいいですね。

昨日、生態系保護協会の会長さんのお話を聞きました。難しいお話でしたが、小さい子供たちが2時間にも亘って、じっと聞いていたのには驚きました。この先生は、とても辛口で、生態系保護にはそぐわない私達の生活には耳の痛い話しでしたが、落語家のようにおもしろい話しぶりの方でした。いろいろな人が、いろんな問題に出会い、いろんなお話しをして下さいます、ありがたいことです。問題や困難と出会ったとき、その人は、どのような態度でそれと向き合うのか・・・子供たちと一緒に そんな視点でお話を聞けるのは、本当に幸せです。問題と敵対したとき、私たちは更なる問題を引き寄せてしまうようですが、そんな不器用な姿さえも 終わってしまえば、輝くような光のなかへ吸い込まれていってしまうようで・・・

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